関ジャニ8人時代の真実!脱退理由とSUPER EIGHTの現在地
2004年8月のCDデビューから星霜を経て、2024年のグループ名改名という歴史的転換点を乗り越えたSUPER EIGHT(旧関ジャニ∞)。バンドサウンドと関西仕込みのユーモア、泥臭くも熱いパフォーマンスで国民的地位を確立した彼らですが、その原点は8人のメンバーによって切り拓かれた激動の黎明期にありました。
2026年を迎えた現在、5人体制で力強くスタジアムや音楽フェスの舞台に立つ彼らの歩みを振り返る際、避けて通れないのが初期メンバー8人の軌跡と、グループを離れた内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の決断です。なぜ彼らは袂を分かち、それぞれいかなる道を歩んできたのか。当時の一次資料や会見記録、現場の証言を再構成し、8人時代の熱狂から脱退の真相、そして現在の彼らの姿まで徹底的に解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2002年に結成された関ジャニ∞の初期メンバーは8人。関西テレビの番組発足から2004年「浪花いろは節」で全国へ羽ばたいた。
- 要点2:脱退順は内博貴(2006年グループ離脱)、渋谷すばる(2018年脱退)、錦戸亮(2019年脱退)。三者三様の契機と表現者としての覚悟があった。
- 要点3:2024年のSUPER EIGHT改名後も「8」への誇りは不変。現在は5人体制で新境地を開拓し、脱退した3名も独自のキャリアで成功を収めている。
【8人の原点】関ジャニエイト結成当時のメンバー一覧とメンバーカラー
関ジャニ∞の歴史は、2002年12月に放送がスタートした関西テレビのバラエティ番組『J3 KANSAI』を契機に始まります。関西ジャニーズJr.の中でも屈指の実力と人気を誇っていたメンバーが集められ、関西テレビのチャンネル番号「8」と無限大(∞)の可能性を重ね合わせてグループ名が授けられました。
結成初期の2002年当初は7人編成でしたが、直後に大倉忠義がドラム担当として抜擢加入し、正規メンバー8人体制が完成します。当時のメンバーと、8人時代に設定されていたメンバーカラーおよび主な役割は以下の通りです。
| メンバー名 | 8人時代のメンバーカラー | 初期のグループ内役割・立ち位置 | 現在の活動形態(2026年時点) |
|---|---|---|---|
| 横山裕 | 黒(結成初期は白/緑の変遷あり) | パーカッション、MC進行、グループの仕掛け人 | SUPER EIGHT(ギター/MC/俳優) |
| 渋谷すばる | 赤 | 絶対的メインボーカル、ブルースハープ | ソロアーティスト(シンガーソングライター) |
| 村上信五 | 紫 | キーボード、MC統括、ツッコミの司令塔 | SUPER EIGHT(キーボード/司会者) |
| 丸山隆平 | 橙 | ベース、ムードメーカー、ボーカル | SUPER EIGHT(ベース/俳優/舞台) |
| 安田章大 | 青 | リードギター、楽曲制作、コーラスの要 | SUPER EIGHT(リードギター/ボーカル) |
| 錦戸亮 | 黄 | メインボーカル、サイドギター、NEWS兼任のエース | ソロアーティスト/実力派俳優(NOMAD) |
| 大倉忠義 | 緑 | ドラムス、低音コーラス、末っ子ビジュアル | SUPER EIGHT(ドラム/プロデューサー) |
| 内博貴 | ピンク | ビジュアルセンター、甘美なボーカル、NEWS兼任 | 舞台俳優/ミュージカル俳優/ソロ表現者 |
2004年8月に関西地区限定でリリースされたデビュー曲『浪花いろは節』は、演歌・歌謡曲チャートのみならず総合チャートでも異例の記録を樹立。翌9月には全国デビューを飾ります。当時、東京の王道アイドル路線とは一線を画し、法被姿で河内音頭を歌い踊りながら、漫才やコント、そして本格的なバンド演奏をこなす8人の姿は、芸能界に鮮烈なインパクトを残しました。

なぜグループを去ったのか?脱退順に辿る3人の真相と決断の舞台裏
関ジャニ∞が歩んできた道のりは、栄光と同時に幾度もの別れを経験した苦難の歴史でもあります。グループを脱退したメンバーは内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の3名。彼らがどのような順番で、いかなる背景から脱退に至ったのか、当時の公式発表や関係者の証言をもとに整理します。
1人目の離脱:内博貴(2005年活動休止・2006年末グループ離脱)
最初の激震が走ったのは、デビューからわずか1年足らずの2005年7月でした。当時、NEWSとの兼任として華々しい活躍を見せていた内博貴が、未成年飲酒に関わる騒動により芸能活動の無期限休止処分を受けます。
フジテレビ系番組の打ち上げの場での出来事であり、本人の未熟さとともに当時のメディア業界のコンプライアンス意識の甘さが露呈した結果でした。その後、2006年末にジャニーズ事務所の研修生として再スタートを切ることが発表され、関ジャニ∞およびNEWSの双方から事実上の離脱となりました。グループ復帰を信じて待ち続けたメンバーやファンの願いは届かず、法被の「ピンク」が公式ステージから姿を消すことになります。
2人目の脱退:渋谷すばる(2018年4月会見・同年12月退所)
結成以来、グループの魂であり絶対的歌頭としてフロントに立ち続けた渋谷すばるの脱退は、グループの根底を揺るがす出来事でした。2018年4月15日、メンバー同席のもと行われた異例の記者会見で脱退と年末の事務所退所が発表されます。
脱退の動機として渋谷本人が明かしたのは、「音楽を全うするため、海外を拠点に音楽を学び、自分の責任で表現を追求したい」という渇望でした。35歳を迎え、「残りの人生を自分自身の足だけで歩みたい」という強い意志の表れです。バラエティ番組やエンタテインメントを包括するアイドルグループの枠組みの中で、純粋な音楽的探求心とのギャップが限界に達した結果の決断でした。会見では、怪我で療養中だった安田を除く5人が同席し、目に涙を浮かべながらも渋谷の背中を押す姿が深い感動を呼びました。
3人目の脱退:錦戸亮(2019年9月脱退・同月退所)
渋谷すばるという大黒柱を欠いた関ジャニ∞が、6人で挑んだ5大ドームツアー『十五祭』のファイナル公演直後、衝撃の発表がなされました。2019年9月5日、錦戸亮がグループを脱退し、同月30日をもって事務所を退所することが明かされたのです。
錦戸の脱退理由は、渋谷の脱退を受けて「全員が立ち止まり、グループの未来と個人の将来を見つめ直した結果」でした。かつてNEWSとの過密な兼任を何年も全うし、俳優としても数々の主演を務めてきた錦戸は、30代半ばを迎え、「自らの手でゼロから音楽とエンタテインメントを構築したい」という独立心に至りました。一部で報じられたグループ内の不協和音ではなく、互いの人生を尊重し合った末の「満了」に近い選択でした。
【実態検証】ファンコミュニティの生の声と「8人」への根強い想い
脱退が相次いだ当時、ファンコミュニティ(通称:eighter/エイター)の間には計り知れない喪失感と動揺が広がりました。SNSやファンコミュニティの声を検証すると、それぞれの節目でファンが抱いた生々しい葛藤が浮かび上がります。
内博貴の離脱時、コンサート会場では「内くんの居場所を守る」としてピンクのペンライトを点灯させ続けるファンの姿が各地で見られました。メンバー自身もライブのMCや楽曲のコールで「内」の名を暗に織り交ぜるなど、8人であることへの強いこだわりをファンと共有していました。
渋谷すばるの脱退時には、メインボーカルの喪失による音楽的アイデンティティの崩壊を危惧する声が支配的でした。しかし、残されたメンバーがボーカルパートを分担し、安田や丸山がボーカル技術を飛躍的に向上させたことで、グループは「全員が歌えるバンド」へと進化を遂げました。
そして錦戸亮の脱退を経て5人となった際、ネット上では「グループの存続自体が危ういのではないか」という悲観論も飛び交いました。しかし、5人は立ち止まることなく47都道府県ツアーを敢行。逆境に直面するたびに結束を強める彼らの生き様そのものが、ファンの心を強く惹きつけ続けています。

一般に知られていない盲点とネットの誤解|不仲説や対立構造の真偽
メンバーの離脱が続いたことで、インターネット上では長年にわたり「メンバー間の不仲」「方向性を巡る激しい衝突」といった噂が囁かれてきました。しかし、報道関係者の取材データやメンバーの発言を丹念に追跡すると、その多くが安易なゴシップに過ぎないことが分かります。
最大の誤解は、「抜けたメンバーと残ったメンバーの間に深い確執がある」という言説です。実際には、渋谷すばるの脱退会見を見ても明らかなように、メンバー同士は何十時間にも及ぶ徹底的な対話を重ねていました。横山裕が「すばるのいない関ジャニ∞なんて想像もできなかった」と吐露しながらも、最後は「すばるが決めたことなら」と送り出したプロセスは、表面的なビジネスライクな関係では不可能な絆の証明です。
また、内博貴に関しても、活動休止以降もメンバーが個人的な親交を絶やすことはありませんでした。錦戸亮が独立後に自身のYouTubeやSNSで垣間見せる過去への敬意や、横山・村上らが後輩グループのプロデュースやテレビ番組の現場で元メンバーの話題をタブー視せず自然に扱う姿勢からも、ドロドロとした対立構図が存在しないことは明白です。
💡 編集部が読み解く「8」の記号論
グループ名が「関ジャニ∞」から「SUPER EIGHT」へ変わった際にも、数字の「8」は消えることなく引き継がれました。8人でスタートした歴史、無限大の可能性、そしてファン(eighter)を合わせた存在としての「8」。人数の変動に関わらず、彼らにとって「8」は単なる在籍人数ではなく、哲学そのものとして機能しています。
【2026年最新動向】SUPER EIGHTの5人体制と脱退メンバーの現在地
2024年2月4日、所属事務所の再編に伴いグループ名を「SUPER EIGHT」へと改名。2026年の現在地において、グループと脱退メンバー3名はそれぞれ目覚ましい成果を上げています。
SUPER EIGHT(5人体制):揺るぎないエンタメ集団としての深化
横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義の5名は、デビュー20周年を経て円熟味と攻めの姿勢を両立させています。ロックフェスでは国内屈指の集客と熱狂を生み出すライブバンドとして定評を得る一方、大倉忠義はなにわ男子やAぇ! groupなど後輩のプロデュースで手腕を発揮。村上信五は大型特番のMCや文化人・スポーツ分野での発信を強化し、横山裕は俳優としての高い評価と関西Jr.の育成を両立。安田章大は病を乗り越えた表現者として圧倒的な求心力を放ち、丸山隆平は舞台や映画で主演を務めるなど、個々の武器がグループへ還元される理想的な循環を築いています。
脱退した3名の現在:孤高の道を切り拓くパイオニアたち
- 内博貴:舞台・ミュージカル俳優として独自の地位を確立。堂本光一が座長を務めた『Endless SHOCK』をはじめ、数々の本格派舞台で圧倒的な歌唱力と貴公子たる存在感を発揮。着実なキャリアを積み重ね、確固たる演劇ファン層を掴んでいます。
- 渋谷すばる:インディペンデントな音楽活動を継続。自身のレーベル運営やフェス出演、海外公演など、オルタナティブロックの真髄を突き進むシンガーソングライターとして活躍。愚直なまでに音楽と向き合う姿は、ロックシーンからも高い評価を得ています。
- 錦戸亮:主宰レーベル「NOMAD RECORDS」を拠点に、日本武道館公演を成功させるなど音楽活動を精力的に展開。さらにテレビドラマや映画への出演も本格化させ、地上波ドラマや映画で唯一無二の陰影ある演技を披露。自立したアーティストのロールモデルとなっています。
【プロの結論】アイドル集団の変遷から見出す組織論とセカンドキャリアの教訓
昭和から平成前期にかけての芸能界では、「グループの一員として生涯添い遂げること」が至上命題とされ、脱退や独立は裏切りと捉えられがちでした。しかし、関ジャニ∞からSUPER EIGHTへの変遷、そして脱退した3名の歩みは、「集団の維持」と「個人の自己実現」が必ずしも敵対しないという現代的な組織論を示唆しています。
心理学における「心理的安全性」と「境界線(バウンダリー)」の観点から見れば、渋谷やすばるや錦戸亮の脱退は、個のアイデンティティが組織の枠組みを超えて成熟した結果の自然な自立でした。残されたメンバーもまた、過去の形態に固執することなく「今の5人で鳴らせる最良の音」へと役割を再定義しました。過去を否定せず、個人の新たな挑戦を尊重し合う関係性は、一般社会の企業組織やキャリア形成においても示唆に富むケーススタディと言えます。
ファンとして向き合う際にも、「あの頃の8人が最高だった」というノスタルジーに留まるのではなく、「8人がいたからこそ、いま各自がそれぞれのフィールドで最高峰の輝きを放っている」という進化の物語として受け止める視点こそが、表現者たちへの最大の敬意となります。

【関ジャニエイト メンバー 8人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関ジャニエイトの初期メンバー8人の名前と脱退順は?
A1:初期メンバーは、横山裕、渋谷すばる、村上信五、丸山隆平、安田章大、錦戸亮、大倉忠義、内博貴の8人です。脱退順は、①内博貴(2006年末グループ離脱)、②渋谷すばる(2018年12月退所)、③錦戸亮(2019年9月退所)となります。
Q2:グループ名が「SUPER EIGHT」に改名された理由は何ですか?
A2:2024年2月4日、旧ジャニーズ事務所の社名変更および権利関係の見直しに伴い、グループ名から「ジャニ」の文言を外す必要が生じ改名されました。ファンとともに歩んできた歴史である「EIGHT(8)」を死守しつつ、さらなる飛躍を目指して「SUPER」を冠した名称となりました。
Q3:脱退したメンバー同士や現在のメンバーとの交流はありますか?
A3:公の場での共演は限られていますが、絶縁状態ではありません。錦戸亮と赤西仁のプロジェクト、内博貴の舞台活動への配慮など、関西時代を共にした盟友としての敬意は保たれています。メディアインタビューでも過去のエピソードが自然に語られるなど、健全な距離感で互いの活躍を認める関係にあります。
まとめ:変革を超えて輝き続ける8人のレガシー
関ジャニ∞が駆け抜けた8人時代は、短くも濃密な奇跡の時間でした。関西発の泥臭い少年たちが、互いの個性をぶつけ合いながら全国へと這い上がった原点があったからこそ、現在の「SUPER EIGHT」の揺るぎない結束と底力が培われました。
8人から7人、6人、そして5人へ。数字の変遷は痛みを伴うものでしたが、それぞれが選んだ道で妥協なき表現を続ける姿は、別れが決して挫折ではなかったことを証明しています。2026年の今、ステージで魂を燃やすSUPER EIGHTの5人と、独自の地平を切り拓く3名。形を変えながらも、あのとき灯された「8」の誇りは、今もなおそれぞれの場所で鮮烈な光を放ち続けています。 (出典: 関ジャニエイト メンバー 8人(Yahoo!ニュース))